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現代文の原則|自分の意見を書くのはNG?

現代文で求められていることとは何でしょうか?

論説,小説などの文章に傍線が引いてあり,「傍線部はどういうことか」「傍線部の理由を書け」などといった問いに対してどう答えるべきでしょうか.

現代文で求められていることは,「著者が伝えたいことが何なのかを正しく捉える」ということです.現代文で求められていることは,自分の意見を伝えられる力ではないのです.

現代文の原則として「自分の意見を解答に入れてはいけない」というものがあります.

これは,現代文で求められていることが「著者の意見の把握」である以上,あなたの意見は解釈は必要ないのです.必要ないどころか,正しく解釈できていないと見なされ減点さえされてしまいます.

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現代文の試験で望まれていること

試験というのはその科目に対する知識や判断能力を計るものです.では,現代文の試験では何を計ろうとしているのでしょうか?

現代文の試験で計ろうとしていることは「文章の内容を正しく把握できるか」ということです.ですから,あくまで問われていることを「徹底的に忠実に著者の考え方を解釈し,解答にしなければならない」のです.

いいですか?「徹底的に」です.

現代文において,自分の意見は邪魔でしかないのです.あくまで「徹底的に」著者の考え方を解釈しなければなりません.

コツとしては「洗脳されること」です.文章があなたの意見に合っていようが合っていまいが,文章の内容を「徹底的に」信じて,「徹底的に」意見をコピーするのです.

現代文とはそういう科目なのです.自分の意見を披露する科目ではないのです.

逆に言えば,問われていることを本文に忠実に解答にすれば,絶対に間違いにはされないのです.

そのための解答の書き方は「現代文の解き方|文章をきっちり読み取る力」で書きましたので,参考にして下さい.

それでも客観的に

本文を読んでいると,自分の意見と違うことが書かれていたりすることがあります.試験中で出会った文章に対して,

「ええー!それは極論やろ!」「そこは論理の飛躍があるうんちゃうの?」

など考えてしまうことが,私はよくありました.特に小説では「それむちゃくちゃやんけ!」と試験中に考えてしまうことはざらです.

印象深いのが数年前のセンター試験で「たまむし」にまつわる小説が出題されました.「たまむし」はとても光沢が綺麗な甲虫です.甲虫だけあって,丈夫な殻をもっています.

その「たまむし」を主人公の彼女がなんと「一撃で叩き落として殺してしまった」のです.そのときの私は「ええええええ!」という感じで,衝撃を受けて思考停止に陥りました.

「いやいや,たまむしを女性が平手で叩き殺すの?マジかよ!この彼女つええ!」という感じでした.たまむしは丈夫な虫ですから,叩き殺せるようなものではないのです.

私の頭の中には石をチョップで割る女性が浮かびました.

さて,人によっては自分の意見が先に走ることがあります.しかし,現代文においては,そのような主観的な感想は害悪でしかないのです.

自分の意見でもないことを答案にするのが嫌なのはとても分かりますが,これは試験だと割り切るしかありません.得点をとりたいならば,自分の意見を無視して本文に即した答案を黙々と作り続けるしかないのです.

自分の意見を書くのは,小論文という科目になるでしょうか.

小論文は「いかに論理的にかつ現実的に,自分の意見に対する反論を潰しつつ自分の意見を述べることができるか」ということを計る試験です.

こちらはむしろ自分の意見を前面に押し出してください.あなたの意見が優れていれば高得点が期待できます.

しかし,残念ながら現代文はそうではありません.現代文は本文に即した解答を作る科目なのです.

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