前回の記事で,等加速度直線運動に関する3つの重要な公式
を説明しました.
等加速度直線運動の最も基本的な例は「物体の落下」であり,物体の落下を考えるためには,「重力加速度」を知っておく必要があります.
この記事では,「重力加速度」の説明をしたのち,「物体の落下」に関する3つの例
- 自由落下
- 鉛直投げ上げ
- 鉛直投げ下ろし
を具体例を用いて考えます.
一連の記事はこちら
【運動の基本1|「速さ」と「速度」の違いと等速直線運動】
【運動の基本2|加速度と等加速度直線運動】
【運動の基本3|等加速度直線運動の3つの公式】
【運動の基本4|重力加速度とは?等加速度直線運動の具体例】←今の記事
【運動の基本5|向きの決め方,向きを変えるとどうなるか】
重力加速度
まずは,「重力加速度」という概念を説明をします.
重力加速度の大きさ
次の問題を考えてみてください.
1kgの金属Aと10kgの金属Bをスカイツリーの頂上から同じ高さで手を離し,自由落下させる.このとき次の1,2,3のうち正しいものを選べ.ただし,空気抵抗は無視する.
- 金属Aが先に地面に到達する
- 金属Bが先に地面に到達する
- 金属Aと金属Bは同時に地面に到達する
紙を落とせばふわりふわりと落ちますし,日常生活から得られる直感として「重い方の金属Bが先に地面に到達しそうだ」と思う人が多いでしょうか?
ピサの斜塔の実験
ガリレオ・ガリレイは以下のような[ピサの斜塔の実験]を行いました.
[ピサの斜塔の実験] ピサの斜塔上の同じ高さから重さの違う2つの球を落下させ,地面に到達する時間が同じであるかどうかをみるために行った実験.
実験の結果,2つの球はほぼ同時に地面に到達した.
もしこれが事実であれば,上の[問題]の答えは“3”になりますね.
ただ,このことが直感に合わないと思う人がいるかもしれませんね.
確かに,例えば家の2階から紙と鉄球を同時に落下させても,おそらく鉄球の方が圧倒的に早く地面に到達するでしょう.
しかし,これは「空気抵抗」があることが原因で,たとえば空気がほとんどない火星上で紙と鉄球を同時に落とせば,紙と鉄球は同時に地面に到達します.
このように,空気抵抗が無視できる条件下の自由落下では,同じ加速度の等加速度運動をすることは当たり前にしておきたいところです.
直感的なイメージ
「実験でそうなったからそうだ!」というのは気持ち悪いですから,少し直感的にも考えてみましょう.
例えば,全く同じ1kgの鉄球と1kgの鉄球を同時に落とすと,これは同時に地面に到達しますね.
ここで,この2つの鉄球を接着剤でくっつけて落とすとどうでしょうか?
くっつけられた2つの1kgの鉄球は,それぞれが1kgの鉄球として落下するので,普通の1kgの鉄球と同時に地面に到着します.
接着剤でくっつけた2つの鉄球は合わせて2kgの質量をもちますが,落下の仕方は1kgの鉄球と変わりません.
このことから,「質量によって落下の様子は変わらないのではないか」という予想が立ちます.
実は,以下の事実が成り立ちます.
空気抵抗がなければ,同じ高さから落下させた2つの物体は,質量によらず同時に地面に到達する.
ここで大切なことは,「空気抵抗がなければ」という部分です.
私たちの日常では空気抵抗があるため,紙のような空気抵抗を受けやすい質量の小さい物体は遅く落ちます.
しかし,空気抵抗がない真空の世界では,紙はふわりふわりと落ちることなく,金属と同じ速さで鉄球と同じくすとんと落ちるのです.
そのため,先ほどの問題の答えは,3の「金属Aと金属Bは同時に地面に到達する」ですね.
そして,実はこの運動が「等加速度直線運動」になっています.
さて,どの物体を落下させても同じように「等加速度直線運動」をするということは,どの物体にも同じだけの加速度がかかっている,つまり地球上の物体の落下には,固有の「加速度」があるということになります.
物体が落下させたときの,等加速度直線運動の加速度を重力加速度という.
「重力加速度」は記号は$g$を用いて表すことが多く,地球上では大きさがおよそ$9.8\mrm{m/s^2}$です.
加速度は速度がどれくらい変化するかを表すもので,例えば加速度の大きさが$2[\mrm{m/s^2}]$であるとは1秒間に速度が$2[\mrm{m/s}]$ずつ増加するという意味になります.また,加速度が一定の運動を等加速度直線運動といいます.
重力加速度の向き
我々は日常的に「下」という言葉を使いますが,日本にいる私が地面を指さして言う「下」と,地球の反対側のブラジルにいるある人が地面を指さして言う「下」は逆向きですね.
そこで,物理では地面に向かう「下」を次のような言葉で説明します.
地球の中心に向かう向きを鉛直下向きといい,地球の中心から離れる向きを鉛直上向きという.また,鉛直上向き,鉛直下向きを合わせて鉛直方向という.
重力加速度の向きはいつでも「鉛直下向き」なので,「鉛直下向き」に物体は落下します.
地球の中心に向かう向き(=物体が落下する向き)を鉛直下向きという.物体の質量によらず,物体は一定の加速度で落下し,このときの加速度を重力加速度という.
3パターンの物体の落下
それでは,物体の落下の3パターン
- 自由落下
- 鉛直投げ上げ
- 鉛直投げ下ろし
を具体的に説明します.
なお,「自由落下」,「鉛直投げ上げ」,「鉛直投げ下ろし」は原理的に同じものなので,本来は区別する必要はありません.
とはいえ,最初はこれらを別々に理解したのち,最後に原理的に同じであることを説明する方が分かりやすいので,この記事では敢えて分けて説明します.
自由落下
物体に初速を与えず,勝手に落下させることを自由落下といいます.
重力加速度は$9.8[\mrm{m/s^2}]$であるとし,空気抵抗は無視する.高さ$490[\mrm{m}]$の上空で小球Aを持った手を離し,小球Aを落下させる.このとき,
- 地面に小球Aが到達するのは,手を離してから何秒後か求めよ.
- 地面に小球Aが到達したとき,小球Aの速さを求めよ.
[解答]
「鉛直下向き」を正方向とし,原点を小球Aを離した位置とます.分かっている条件は
- 初速度:$v_{0}=0[\mrm{m/s}]$
- 地面に到達したときの変位:$x=+490[\mrm{m}]$
- 重力加速度:$g=+9.8[\mrm{m/s^2}]$
ですね.
また,
- 小球Aが地面に到達するまでの時間を$t[\mrm{s}]$
- 小球Aが地面に到達したときの速さを$v[\mrm{m/s}]$
としましょう.
(1) 時刻$t[\mrm{s}]$が欲しいので,変位$x$と時刻$t$の関係式である$x=v_0t+\dfrac{1}{2}at^2$を使うと,
が得られました.
すなわち,時刻$10[\mrm{s}]$で小球Aは地面に到達します.
(2) 時刻$t=10$での速さが欲しいので,変位$v$と時刻$t$の関係式である$v=v_0+at$を使うと,
が得られました.
すなわち,小球Aは速さ$98[\mrm{m/s}]$で地面に到達します.
鉛直投げ下ろし
物体に鉛直下向きの初速を与えることを鉛直投げ下ろしといいます.
重力加速度は$9.8[\mrm{m/s^2}]$であるとし,空気抵抗は無視する.ある高さから小球Bを速さ$19.6[\mrm{m/s}]$で鉛直下向きに投げ,小球Bを落下させると地面に到達したとき小球Bの速さは$98[\mrm{m/s}]$であることが観測された.このとき,
- 小球Bを投げ下ろした地点の高さを求めよ.
- 地面に小球Bが到達するのは,投げ下ろしてから何秒後か求めよ.
[解答]
「鉛直下向き」を正方向とし,原点を小球Aを離した位置とます.分かっている条件は
- 初速度:$v_{0}=+19.6[\mrm{m/s}]$
- 地面に到達したときの速度:$v=+98[\mrm{m}]$
- 重力加速度:$g=+9.8[\mrm{m/s^2}]$
ですね.
また,
- 小球Bを投げ下ろした地点の高さを$x[\mrm{m}]$
- 小球Bが地面に到達するまでの時間を$t[\mrm{s}]$
としましょう.
(1) 変位$x$が欲しいので,変位$x$と速度$v$の関係式である$v^2-{v_0}^2=2ax$を使うと,
を得ます.
すなわち,小球Bを投げ下ろした高さは$470.4\mrm{m}$です.
(2) 時間$t$が欲しいので,時間$t$と速度$v$の関係式である$v=v_0+at$を使うと,
を得ます.
すなわち,手を離して8秒後に小球Bは地面に到達することが分かります.
鉛直投げ上げ
物体に鉛直上向きの初速を与えることを鉛直投げ上げといいます.
重力加速度は$9.8\mrm{m/s^2}$であるとし,空気抵抗は無視する.ある高さから小球Cを速さ$19.6\mrm{m/s}$で鉛直上向きに投げ,小球Cを落下させると地面に到達したとき小球Cの速さは$98\mrm{m/s}$であることが観測された.このとき,
- 小球Cを投げ上げた地点の高さを求めよ.
- 地面に小球Cが到達するのは,投げ上げてから何秒後か求めよ.
[解答]
「鉛直下向き」を正方向とし,原点を小球Aを離した位置とます.分かっている条件は
- 初速度:$v_{0}=-19.6[\mrm{m/s}]$
- 地面に到達したときの速度:$v=+98[\mrm{m}]$
- 重力加速度:$g=-9.8[\mrm{m/s^2}]$
ですね.
また,
- 小球Cを投げ上げた地点の高さを$x[\mrm{m}]$
- 小球Cが地面に到達するまでの時間を$t[\mrm{s}]$
としましょう.
(1) 変位$x$が欲しいので,変位$x$と速度$v$の関係式である$v^2-{v_0}^2=2ax$を使うと,
を得ます.
すなわち,小球Bを投げ下ろした高さは$470.4[\mrm{m}]$です.
(2) 時間$t$が欲しいので,時間$t$と速度$v$の関係式である$v=v_0+at$を使うと,
を得ます.
すなわち,手を離して12秒後に小球Cは地面に到達することが分かります.
時間$t$,変位$x$,速度$v$のうち,分かっているものと欲しいものを意識することで,3つのうちのどの公式を用いるべきか分かる.
【次の記事:運動の基本5|向きの決め方,向きを変えるとどうなるか】
物理では軸を最初にとることはとても大切です.上で見た「自由落下」「鉛直投げ上げ」「鉛直投げ下ろし」の例では,いずれも鉛直下向きを正として軸をとりましたが,鉛直上向きを正として軸をとっても解くことができます.軸のとりかたを変えて考えると,どのように式が変化するか解説します.
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