硫酸は化学のいたるところで登場する物質で,様々な性質があります.
硫酸と一言で言っても,濃度や温度の違いで希硫酸,濃硫酸,熱濃硫酸の3種類に分けられ,これらは異なる性質をもちます.
そのため,登場する場面によって硫酸のどの性質がはたらいているのかを考えることは非常に重要です.
この記事では硫酸の性質として,
- 希硫酸と濃硫酸にみられる性質
- 不揮発性
- 酸としての性質(酸度)が強い
- 水溶液は酸性
- 濃硫酸のみにみられる性質
- 脱水作用
- 吸湿性
- 溶解熱が非常に大きい
- 熱濃硫酸のみにみられる性質
- 酸化作用
の7つを説明しています.
なお,濃硫酸の製法は接触法で,接触法も高校化学では頻出なのでしっかりフォローしておいてください.
希硫酸と濃硫酸の両方にみられる性質
希硫酸も濃硫酸も水に硫酸$\mrm{H_2SO_4}$が溶けている水溶液ですが,希硫酸は硫酸の濃度が小さく,濃硫酸は硫酸の濃度が大きいという違いがあります.
「薄める」という意味の「希釈」の「希」が頭についているので,「希硫酸」の方が濃度が薄いことは想像ができますね.
不揮発性
たとえば,塩酸$\mrm{HCl}aq$は常温で放置すると溶けている塩化水素$\mrm{HCl}$が蒸気となって空気中へ逃げていきます.この性質を揮発性といいます.
放置していると溶液に溶けている気体が蒸気として抜けていく性質を揮発性という.
一方,揮発性をもたないことを不揮発性といい,硫酸$\mrm{H_2SO_4}aq$は放置しても水に溶けている硫酸$\mrm{H_2SO_4}$が空気中へ逃げていくことはありません.つまり,硫酸は不揮発性であるということができますね.
ただし,硫酸は揮発しないものの溶媒である水はどんどん蒸発していくという点には注意してください.
このため,初めは硫酸の濃度が薄かったとしても,空気中に放置していると次第に水が抜けてどんどん硫酸の濃度が濃くなっていきます.この現象を濃縮といいます.
例えば,実験などで衣服に硫酸が付着すると,その硫酸は薄くても濃縮が起きて服に穴があいてしまうことがあります.
また,車のバッテリーである鉛蓄電池のバッテリー液は硫酸です.そのため,バッテリー液が手に付いたまま洗わずに作業を進めていたら,手がただれてしまったという事故も起こったことがあります.
硫酸$\mrm{H_2SO_4}$が服や肌に付着してしまったときには,すぐに洗い流すようにしてください.
酸としての性質(酸度)が強い
酸としての性質(酸度)とは相手に水素イオン$\mrm{H^+}$を与えようとする強さのことで,濃硫酸も希硫酸も(濃度に関係なく)酸としての性質は非常に強いです.
つまり,近くに弱い相手がいれば「オラオラ!水素イオン受け取れや!」と水素イオンを力強く押し付けます.これが酸度が高いの意味です.
例えば,塩化水素$\mrm{HCl}$の実験室的製法として,
があります.この反応が起こるのは
- 硫酸$\mrm{H_2SO_4}$の酸度
- 塩酸$\mrm{HCl}$の酸度
を比較して,硫酸$\mrm{H_2SO_4}$の酸度の方が強いことが理由です.
このように「硫酸$\mrm{H_2SO_4}$の酸度が非常に強い」ことは硫酸の重要な性質のひとつです.
実は塩酸$\mrm{HCl}$の酸度も強いことが知られています.しかし,それ以上に「硫酸$\mrm{H_2SO_4}$の酸度」は強いわけですね.
水溶液は酸性
一般に水溶液は水素イオン$\mrm{H^+}$と水酸化物イオン$\mrm{OH^-}$の濃度によって酸性,中性,塩基性の3種類に分類できるのでした.
硫酸$\mrm{H_2SO_4}aq$において,水素イオンのモル濃度$[\mrm{H^+}]$と水酸化物イオンのモル濃度$[\mrm{OH^-}]$の大小関係は$[\mrm{H^+}]>[\mrm{OH^-}]$となっており,硫酸$\mrm{H_2SO_4}aq$は酸性です.
さて,高校化学において酸性の水溶液では強酸と弱酸を
- 溶質がほとんど電離していれば強酸
- 溶質があまり電離していなければ弱酸
と区別します.
直感的には先ほど説明した「水素イオン$\mrm{H^+}$を与えようとする力(酸度)」が大きければ,電離度も高く強酸になりそうに思えるかもしれません.
しかし,実は濃硫酸は水素イオン$\mrm{H^+}$を与えようとする力は強いものの,あまり電離度は高くなく強酸でないことには注意しておきましょう.
このことは濃硫酸中の水分子$\mrm{H_2O}$が極端に少ないことが理由です.硫酸$\mrm{H_2SO_4}$の電離は
と表されます.よって,硫酸$\mrm{H_2SO_4}$が電離するためには水素イオン$\mrm{H^+}$を渡す相手である水$\mrm{H_2O}$の存在が不可欠なわけですね.
しかし,濃硫酸の最大濃度は98%と非常に大きく,水素イオン$\mrm{H^+}$を受け取ってくれる水$\mrm{H_2O}$が少なく電離度が低く強酸とは言えないわけですね.
濃硫酸$98\%$は水$2\mrm{g}$に硫酸$98\mrm{g}$が溶けているということになるので非常に濃いことが分かりますね.
一方,希硫酸には水素イオン$\mrm{H^+}$を受け取ってくれる水$\mrm{H_2O}$が多量にあるため文句なく強酸です.
濃硫酸のみにみられる性質
次に濃硫酸にのみみられる性質を説明します.
吸湿性
空気中の水蒸気を吸収する性質を吸湿性といいます.
先ほど説明したように濃硫酸の最大質量パーセント濃度は98%と非常に高く,このことから非常に水を欲する状態にあるため,濃硫酸は空気中の水蒸気を吸収します.つまり,濃硫酸は吸湿性をもちます.
このことから,密閉した容器の中に濃硫酸を入れておけば容器内の水蒸気を吸収するので容器内の湿度はどんどん下がっていくわけですが,この濃硫酸の性質を利用した乾燥器具にデシケーターというものがあります.
デシケーターは容器が穴の空いた板で上下に区切られた2層構造になっていて,下側に濃硫酸を上側に乾燥させたいものを入れ蓋をします.
すると,濃硫酸が容器内の水蒸気を吸収して湿度が下がるので,上側に入れたものが乾燥するという仕組みです.
ビュレット,ホールピペット,メスフラスコなど,精密な計量が可能な器具は加熱すると大きさが変わってしまうために加熱乾燥できません.デシケーターはこのような加熱乾燥できない器具に有効な乾燥器具です.
脱水作用
濃硫酸は物質から水を奪う性質を脱水作用を持ちますが,脱水作用と吸湿性との違いに注意してください.
吸湿性は空気中の水蒸気を吸収する性質でしたが,脱水作用は化合物から無理矢理$\mrm{H_2O}$を引っこ抜き,別の物質に変えてしまう性質です.
そのため,脱水作用は「化学変化を引き起こす性質」と言えます.
たとえば,スクロース(ショ糖)$\mrm{C_{12}H_{22}O_{11}}$に濃硫酸を加えると,濃硫酸の脱水作用により次のように水$\mrm{H_2O}$と炭素$\mrm{C}$が残ります.
このようにショ糖に濃硫酸をかけると本当に糖が真っ黒な灰になります.
吸湿性と脱水作用は似て非なる性質ですから,区別して理解してください.
溶解熱が非常に大きい
まずは次の問題を考えましょう.
濃硫酸を水で希釈する際,濃硫酸に水を加えると危険な理由を答えよ.
この問題に答えるために重要な事実は次の2つです.
- [事実1]濃硫酸の水への溶解熱が非常に大きい
- [事実2]水の密度が濃硫酸の密度より小さい
「濃硫酸に水を注ぐ希釈」が危険な理由として[事実1]はよく知られていますが,[事実2]があるためにさらに危険になります.
どうして[事実2]が危険なのかというと,水の濃度が濃硫酸の密度より小さいことによって,濃硫酸に水を加えると水が濃硫酸の表面に浮いてしまうからです.
このことに注意すると,上の問題の答えは次のようになりますね.
水の濃度が濃硫酸の密度より小さいため濃硫酸に水を加えると水が濃硫酸の表面に浮き,非常に大きい濃硫酸の溶解熱により水が突沸する.
このため,沸騰した水が濃硫酸とともに飛び散り危険だから.
では,濃硫酸を希釈したいときの正しい方法は「水に濃硫酸を少しずつ注ぐ」です.
水を濃硫酸に注ぐ場合は「水が濃硫酸の表面に浮いて飛び散るため危険」でしたが,濃硫酸を水に注ぐ場合は「濃硫酸は水に沈みながら溶けるので飛び散らない」のです.
このことに注意すれば,濃硫酸を希釈するときに「水に濃硫酸を少しずつ注ぐ」と危険でなくなる理由は「水の密度は濃硫酸の密度より小さいため,水に濃硫酸を加えると濃硫酸は水に沈みながら溶解するので,非常に大きい溶解熱も多量の水に分散され,突沸させることなく希釈できるから.」と説明できますね.
こちらも非常に重要なので,理解しておいてください.
熱濃硫酸のみにみられる性質
熱濃硫酸はその名の通り,濃硫酸を加熱したものです.
常温の濃硫酸は「油状」の粘性が強い液体なのに対し,熱濃硫酸は粘性が弱まりサラサラとした液体となります.
酸化作用
熱濃硫酸は強い酸化作用を示します.つまり,熱濃硫酸は酸化剤としてはたらきます.
そのときの熱濃硫酸の半反応式は
となります.
この熱濃硫酸の酸化還元反応は,硫酸$\mrm{H_2SO_4}$に溶けている三酸化硫黄$\mrm{SO_3}$が原因で起こります.
濃硫酸の製法である接触法は最後に「発煙硫酸$\mrm{H_2S_2O_7}$に希硫酸を加える」という作業をして濃硫酸が出来上がるのですが,そのときに次の反応が起こっています.
発煙硫酸$\mrm{H_2S_2O_7}$は高校範囲では覚える必要はありません.
この反応は発熱反応で,高温にするとルシャトリエの原理から平衡が温度を下げる向き,つまり左に偏って三酸化硫黄$\mrm{SO_3}$が溶液中で増加します.
発煙硫酸$\mrm{H_2S_2O_7}$には三酸化硫黄$\mrm{SO_3}$が多く溶けており,これが揮発することで白い蒸気が出るので「発煙」と表現しているわけですね.
三酸化硫黄$\mrm{SO_3}$は強力な酸化剤なので,濃硫酸を高温にするとこの三酸化硫黄$\mrm{SO_3}$が揮発し,これによって熱濃硫酸$\mrm{H_2SO_4}$は酸化剤の振る舞いをするというわけですね.
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