ボルタ電池はイタリアの物理学者のVoltaが発明した電池で,世界初の化学電池とされています.
なお,Voltaは電気の研究に貢献し,電圧の単位であるボルト(V)の由来にもなっています.
さて,ボルタ電池は亜鉛Znと銅Cuを導線で繋ぎ,希硫酸$\ce{H2SO4}aq$に浸けるだけのシンプルな構造で簡単に作ることができます.
しかし,その単純さの代わりに,「分極」が起こるという欠点も持ち合わせています.
そこで,イギリスの化学者・物理学者であるDaniellは,「分極」が起こらないように改良したダニエル電池を発明しました.
この記事では,ボルタ電池とダニエル電池の仕組みを説明します.
一連の記事はこちら
【電池と電気分解1|電池の考え方と電流の正体】
【電池と電気分解2|イオン化傾向と電池の考え方】
【電池と電気分解3|ボルタ電池とダニエル電池の仕組みと違い】←今の記事
【電池と電気分解4|鉛蓄電池の仕組みと反応はとてもシンプル】
【電池と電気分解5|電気分解の基本と,電池と電気分解の違い】
【電池と電気分解6|陽極と陰極の反応4パターンを理解する】
目次
正極と負極
電池は「酸化還元反応を利用して電子を取り出す装置」なのでした.
もう少し詳しく書くと,溶液Xに異なる金属A, Bをボチャンと浸けて導線でつなぐと電子$\ce{e-}$が導線の中を移動し,これを利用して電子を取り出すのが電池なのでした.
このとき,この電子の流れの向きで金属A, Bの正負を以下のように定めます.
金属Aと金属Bを繋いで電池を作る.電子が電極Aから電極Bへ移動するとき,金属Bを正極,金属Aを負極という.また,正極と負極をあわせて電極という.
言い換えれば,電子$\ce{e-}$が出てくる方の金属を負極,電子$\ce{e-}$が入っていく方の金属を正極ということになります.
電子$\ce{e-}$がもっている電荷はマイナスなので,「電子$\ce{e-}$が出てくる方をマイナス」と考えるのは自然なことですね.
ただし,前回の記事でも説明したように,電流$I$の向きは「プラスの電荷が流れていると想定した向き」なので,電子$\ce{e-}$の流れとは逆向きになることに注意してください.
なお,図の導線の途中にあるオレンジ色の〇は抵抗で,たとえば豆電球だと思ってもらえればイメージとしては十分です.
ですから,
- 電子$\ce{e-}$は電極Aから電極Bへ流れる
- 電流は金属Bから金属Aへ流れる
は同じことを言っています.
また,電池の構造を表すために,電池式というものがあります.
溶液Xに金属A,金属Bを浸けてできた電池は次のような図式で表され,これを電池式という.
電池式を見れば電池の構造がぱっと分かるので,使えるようになっているととても便利です.
ボルタ電池
前の記事でも少し扱いましたが,ここでさらに詳しくボルタ電池を説明します.
ボルタ電池の仕組み
ボルタ電池は亜鉛Znと銅Cuをボチャッと希硫酸$\ce{H2SO4}aq$に浸けて,導線で亜鉛Znと銅Cuを結べば完成です.
銅Cuと亜鉛Znをイオン化列での順を見てみると$\mrm{Zn>Cu}$です.
つまり,亜鉛Znの方が陽イオンになりやすいので,ボルタ電池では亜鉛Znが陽イオンとなって溶液中へ溶け出します.
金属によって,陽イオンへのなりやすさが異なります.陽イオンになりやすい金属を「イオン化傾向」が強いといい,陽イオンになりにくい金属を「イオン化傾向」が弱いといいます.また,イオン化傾向の順に金属を並べたものを「イオン化列」といいます.
そのため,亜鉛Znから電子$\ce{e-}$が出てくるので,亜鉛Znが負極,銅Cuが正極となります.
つまり,ボルタ電池の電池式は
となりますね.
電極での反応
負極の亜鉛Zn側での反応は
となっています.
ここで出てきた電子$\ce{e-}$が導線通って銅Cu側へやって行き,銅Cuの表面で水素イオン$\ce{H+}$と反応して水素$\ce{H2}$が発生します.
すなわち,正極の銅Cu側での反応は
となっています.このとき,銅Cuは全く変化していないということに注意してください.
ボルタ電池の問題点「分極」
当然,どんな電池でも,使えば使うほどエネルギーが消費され,電池としての電圧は弱くなっていきます.
しかし,ボルタ電池は単純なエネルギーの消費で考えられる以上に,速く弱くなっていくことが知られています.
この電池の電圧が急激に小さくなる現象を電池の分極といい,この原因としては次の3つが考えられます.
- 銅Cuの表面に発生した水素$\ce{H2}$が電子$\ce{e-}$と水素イオン$\ce{H+}$の反応を阻害する
- 水素$\ce{H2}$が発生しすぎて逆反応$\ce{H2 -> 2H+ + 2e-}$が起こってしまい,電子$\ce{e-}$が逆流する
- 亜鉛Zn付近に発生した亜鉛イオン$\ce{Zn^2+}$が濃くなりすぎて,亜鉛Znのイオン化が阻害される
こうなると,なんとかしてボルタ電池の分極を防ぐ方法を考えたいところで,実は適当な酸化剤を混ぜることである程度防ぐことはできますが,詳しくは割愛します.
なお,「電池の分極」は物理の電磁気学の「分極」とはまったく別のものです.
ダニエル電池
ダニエル電池について説明します.
ダニエル電池の仕組み
ボルタ電池の分極を防ぐために,ダニエル電池が考案されました.
ダニエル電池は,素焼き版などの一部のイオンを透過させる板を中央に設置した容器を用意します.
この容器の片側では亜鉛Znを硫酸亜鉛水溶液$\ce{ZnSO4}aq$に浸け,他方に銅Cuを硫酸銅水溶液$\ce{CuSO4}aq$に浸けて,導線で亜鉛Znと銅Cuを結べば完成です.
電極はボルタ電池と同じで,亜鉛Znの方が陽イオンになりやすいので,ダニエル電池でも亜鉛Znが陽イオンとなって溶液中へ溶け出します.
つまり,ダニエル電池を電池式は
となります.溶液が2種類あることに注意してください.
電極での反応
ダニエル電池の負極の亜鉛Zn側での反応は,ボルタ電池と同じく
となっています.
一方,負極の銅Cu側の溶液は硫酸銅水溶液$\ce{CuSO4}aq$で,水素Hが存在しないのでボルタ電池とは違って水素$\ce{H2}$が発生せず,以下の反応が起こります.
ダニエル電池ではCu電極で銅Cuが析出しているので,Cu電極はどんどん太っていきます.
ボルタ電池からの改善点
ボルタ電池では「電池の分極」が起こるために,電池としてはあまり優秀ではないのでした.確認のため,ボルタ電池での「電池の分極」の原因をもう一度挙げましょう.
- 銅Cuの表面に発生した水素$\ce{H2}$が電子$\ce{e-}$と水素イオン$\ce{H+}$の反応を阻害する
- 水素$\ce{H2}$が発生しすぎて逆反応$\ce{H_2 -> 2H+ +2e-}$が起こってしまい,電子$\ce{e-}$が逆流する
- 亜鉛Zn付近に発生した亜鉛イオン$\ce{Zn^2+}$が濃くなりすぎて,亜鉛Znのイオン化が阻害される
水素が発生しない
ボルタ電池の正極Cuで発生していた水素$\ce{H2}$が,ダニエル電池では発生しなくなっています.
なぜ水素が発生しないのかというと,そもそも水素イオン$\ce{H+}$が溶液中にほとんど存在しないからです.
ボルタ電池の溶液は希硫酸$\ce{H2SO4}aq$でしたから,溶液はバリバリの酸性です.つまり,溶液中にたくさん水素イオン$\ce{H+}$が存在していました.
一方で,ダニエル電池の溶液中にはほとんど水素イオン$\ce{H+}$が存在しないので,水素が発生せず分極も起こりにくくなっているのです.
これでボルタ電池の分極が起こる原因の1と2が改善されています.
溶液中は電気的に中性
溶液の基本として,「溶液は必ず電気的に中性である」というものがあります.
つまり,一つの溶液の中にプラスイオンだけが多くあったり,マイナスイオンだけが多くあったりはしません.
ダニエル電池は,硫酸亜鉛水溶液$\ce{ZnSO4}aq$と硫酸銅水溶液$\ce{CuSO4}aq$が素焼き板によって分けられているのでした.
反応が起こると,
- 硫酸亜鉛水溶液$\ce{ZnSO4}aq$中に$\ce{Zn^2+}$が生じ,電気的にプラスに偏ってしまい,
- 硫酸銅水溶液$\ce{CuSO4}aq$中から$\ce{Cu^2+}$がなくなり,電気的にマイナスに偏ってしまい,
このままではマズいです.
ここで,素焼き版はイオンは通すという性質がポイントになります.
硫酸亜鉛水溶液$\ce{ZnSO4}aq$がプラスに偏りそうになると,素焼き版を通して亜鉛イオン$\ce{Zn^2+}$が硫酸銅水溶液$\ce{CuSO4}aq$に逃げていきます.
一方,硫酸銅水溶液$\ce{CuSO4}aq$がマイナスに偏りそうになると,素焼き版を通して硫酸イオン$\ce{SO4^2-}$が硫酸亜鉛水溶液$\ce{ZnSO4}aq$に逃げていきます.
このように,反応が進んでも素焼き板を通してイオンのみが移動することにより,各溶液は電気的に中性が保たれるわけです.
これにより,Zn電極付近の亜鉛イオン$\ce{Zn^2+}$濃度が高くなるということがなくなます.
以上の3つの理由から,ボルタ電池の分極が起こる原因が解消され,ダニエル電池では分極がほとんど起こらなくなります.
【次の記事:電池と電気分解4|鉛蓄電池の仕組みと反応】
鉛蓄電池は鉛を電極とした電池です.鉛蓄電池は充電ができるため,何度も使い回すことができ,自動車のバッテリーなど現代でも非常に広く使われています.