前回までの記事では,「ボルタ電池」や「ダニエル電池」といった初期の電池や,現代でも車のバッテリーなどに利用される「鉛蓄電池」について説明してきました.
電池の次には「電気分解」を習うことになるのですが,最初は電池と電気分解の違いがなかなか分かりにくく,混乱してしまいがちです.
前回までで説明してきたように,「(化学)電池」とは「化学変化を起こして,物質から電気エネルギーを取り出す装置のこと」をいうのでした.
一方の「電気分解」はこれと真逆で,「電気エネルギーを使って起こる分解(化学変化)のこと」を指します.
この記事で「電気分解」を理解して,電池と電気分解をしっかり区別して考えられるようになってください.
一連の記事はこちら
【電池と電気分解1|電池の考え方と電流の正体】
【電池と電気分解2|イオン化傾向と電池の考え方】
【電池と電気分解3|ボルタ電池とダニエル電池】
【電池と電気分解4|鉛蓄電池の仕組みと反応】
【電池と電気分解5|電気分解の基本と,電池と電気分解の違い】←今の記事
【電池と電気分解6|陽極と陰極の反応4パターンを理解する】
目次
そもそも電気分解とは
化学反応には熱分解というものがありました.
例えば,炭酸水素ナトリウム$\ce{NaHCO3}$を加熱すると,次の反応が起こります.
これは加熱したことによるエネルギーで$\ce{2NaHCO3}$が$\ce{Na2CO3}$, $\ce{H2O}$, $\ce{CO2}$に分解されています.
これは,熱エネルギーを与えることによって起こる分解なので,熱分解といいます.
一方,熱エネルギーではなく,ビリビリと電気エネルギーを与えることによって起こる分解を「電気分解」といいます.
なお,「電気分解」を略して「電解」ということもありますが,どちらも同じ意味です.
電気分解の反応では,塩化銅(II)水溶液$\ce{CuCl2}aq$の電気分解がよく取り上げられます.
これは2本の炭素棒Cを塩化銅(II)水溶液$\ce{CuCl2}aq$にボチャンと浸け,電気を流すことで起こります.
の反応が起こり,右の炭素棒で
の反応が起こります.
この半反応式から分かるように,塩化物イオン$\ce{Cl-}$は酸化されて塩素$\ce{Cl2}$に,銅イオン$\ce{Cu^2+}$は還元されて銅Cuになっています.
アルカリ金属(ナトリウムNaやカリウムKなど)を生成するときにも電気分解を用います.
アルカリ金属の塩化物(NaClやKClなど)を加熱して融解させ,電気分解を用いることでアルカリ金属を生成します.
このアルカリ金属を得る電気分解を融解塩電解といいます.
水素Hを除く1族元素を「アルカリ金属」といいます.アルカリ金属は反応性に富み,水$\ce{H2O}$や空気中の酸素$\ce{O2}$などと様々な反応をします.アルカリ金属の性質,製法,反応の基本事項をまとめています.
熱エネルギーを与えて分解させる反応を熱分解というように,ビリビリと電気エネルギーを与えて分解させる反応を電気分解という.
電気分解の仕組み
電気分解は溶液に2本の炭素棒をボチャンと浸け,炭素棒を導線で繋いで電流を流すことで起こります.
なお,「炭素棒」とは鉛筆の芯ような太い「黒鉛」の塊です.
炭素棒ではない電極を用いることもありますが,いきなり書いてしまうとややこしくなるので炭素棒ではない電極については次の記事で書くこととし,この記事では基本として電極が炭素棒Cのときを扱います.
さて,「電池」が生み出す電流とは「電子$\ce{e-}$の流れ」のことでした.
そこで,電池の電極のうち,電子$\ce{e-}$を放出する方の電極を負極,電子$\ce{e-}$を受け取る方の電極を正極というのでした.
高校化学で最初に習うボルタ電池は最も基本的な電池の1つです.しかし,起電力が徐々に弱まる「分極」が起こるという欠点も持ち合わせています.一方,ダニエル電池はボルタ電池の改良版で,「分極」が起こらず起電力は保たれます.
そのため,電気分解の電極のうち,「正極と繋がった方の電極」は電子を放出し,「負極と繋がった方の電極」は電子を受け取ります.この「電池の正極とつながっている方の電極」を「陽極」,「電池の負極とつながっている方の電極」を「陰極」といいます.
陽極は電子を放出するので酸化反応が,陰極は電子を受け取るので還元反応が起こります.
確かに上で挙げた塩化銅(II)水溶液$\ce{CuCl2}aq$の電気分解も陽極で酸化反応,陰極で還元反応が起こっています.
半反応式$\ce{2Cl- -> Cl2 + 2e-}$と$\ce{Cu^2+ + 2e- -> Cu}$から,
となって,硫酸銅(II)水溶液$\ce{CuCl2}aq$を銅Cuと塩素Clに分解しています.
電気分解の電極のうち,電池の正極と繋がった方を陽極,負極と繋がった方を陰極といいます.負極からは電子が流れてくるため陰極では還元反応が起こり,正極からは電子が流れてくるため陽極では酸化反応が起こる.
電池と電気分解の3つの違い
さて,電気分解の説明が終わったので,本題に移ります.電池と電気分解には,大まかに次の3つの違いがあります.
- 「正極/負極」と「陽極/陰極」の違い
- 「自動的反応」と「受動的反応」の違い
- 「酸化」と「還元」の違い
1と3はリンクしているのですが,重要なので分けて書きました.
「正極と陽極の違い」と「負極と陰極の違い」
正極と陽極の違い,負極と陰極の違いについて説明します.正も陽も「プラス」,負も陰も「マイナス」なのでややこしいのですが,これらは明確な違いがあります.
正極と負極は「電池」で,陽極と陰極は「電気分解」です.
そもそも電池はイオン化傾向の差を利用して電気エネルギーを取り出す装置であることは,これまで書いてきた通りです.
イオン化傾向が大きい金属は陽イオンになりやすいのでした.陽イオンになるということは,マイナスの電荷を持つ電子を放出するということですから,負極になります.
そして,先ほど書いたように,陰極は「電気分解において電池の負極と繋がった方の電極」のことをいうのでした.したがって,
- 負極:電池の電極の金属でイオン化傾向の大きい方.
- 陰極:電気分解の電極で電池の負極とつながっている方.
となります.
イオン化傾向の大きい方が電子を放出する負極ですから,逆にイオン化傾向の小さい方は電子を受け取る正極になります.
そして,陽極は「電気分解において電池の正極と繋がった方の電極」のことをいうのでしたから,
- 正極:電池の電極の金属でイオン化傾向の小さい方.
- 陽極:電気分解の電極で電池の正極とつながっている方.
となります.
電池の電極が「正極と負極」であり,電気分解の電極が「陽極と陰極」である.
「自動的反応」と「受動的反応」の違い
再三書いていることですが,電池はボチャンと溶液に浸けるものは異なる金属で,それらの金属のイオン化傾向の差を利用して酸化還元反応を引き起こして,電子を取り出す装置でした.
つまり,電池は組み立てれば自然と電流が流れるのです.ですから,電池は「自動的反応」ということができます.
一方,電気分解は電極が炭素棒ですから,イオン化傾向の差なるものはありません.ですから,それ単体で反応は起こらないのです.
電気分解は電池につなぐことで,反応が引き起こされるのです.ですから,電気分解は「受動的反応」ということができます.
電池が反応を起こす→電気分解の反応が引き起こされる
という順なのです.
言葉の話ですが,「陽極/陰極」の定義が「正極/負極と繋がっている方」なのですから,先に正極/負極が定義されていることも分かりますね.
電池は装置を組み立てることによって自動的に電気が流れる.そのため,先に電池の正極,負極が分かり,それにどう繋がっているかで電気分解の陽極と陰極が分かる.
「酸化」と「還元」の違い
「正極は還元反応,陽極は酸化反応」です.正極と陽極で酸化還元が逆になっています.
「どっちがどっちか覚えられねえよ!」という人は酸化還元反応の基本に立ち戻って考えれば簡単に分かります.
念のため復習すると,
- 還元反応:電子$\ce{e-}$を受け取る
- 酸化反応:電子$\ce{e-}$を放出する
- 電子$\ce{e-}$は負極から放出され,正極で受け取る
でした.「酸化」=「電気的にプラスになる」,「還元」=「電気的にマイナスになる」だったこととリンクさせれば,酸化と還元は電子$\ce{e-}$の出入りで説明できますね.
この2つのことから,「正極は還元反応,陽極は酸化反応」と分かります.また,同様に「負極は酸化反応,陰極は還元反応」ですね.
電池/電気分解 | 酸化/還元 | |
---|---|---|
正極 | 電池 | 還元 |
負極 | 電池 | 酸化 |
陽極 | 電気分解 | 酸化 |
陰極 | 電気分解 | 還元 |
負極から電子が流れ出るので酸化される.正極には電子が入っていくので還元される.また,陰極には電子が入っていくので還元される.陽極にから電子が流れ出るので酸化される.
【次の記事:電池と電気分解6|陽極と陰極の反応4パターンを理解する】
次の記事では,電極が炭素棒Cでない場合の電気分解を考えます.電極の違いによって,陽極で2パターン,陰極で2パターンの反応があり得ます.
コメント
教科書の難しい言い方で分からなかったところを理解できてスッキリです。
分からなくて勉強する気もおきなかった化学のやる気がでてきました!
理解して頂けたとのこと,とても嬉しく思います.
この「電池と電気分解」」の分野では,とくに電子の動きを理解することが大切です.
考えているのが電池なのか,電気分解なのかをパッと見極められるようになってください.
電気分解の量的関係について質問させて下さい。
白金電極を用いて$9650[\mathrm{C}]$の電気量で電気分解したとき、両極から発生する気体の体積の標準状態での体積を求めよ、って問題です。
硝酸銀水溶液なんですけど、陽極の反応で$\mathrm{2H_{2}O\to O_{2}+4H^{+}+4e^{-}}$で水素と酸素があるのに、どうして酸素だけで考えているのかが分かりません。
ご質問をありがとうございます.
硝酸銀水溶液を電気分解するとき,
・水溶液が強塩基でなく,
・陽極電極が「金Au,白金Pt,炭素C」のいずれか
の場合には,確かに半反応式$\mathrm{2H_{2}O\to O_{2}+4H^{+}+4e^{-}}$が起こります.
詳しくは,記事「電池と電気分解6|陽極と陰極の反応4パターンを理解する」を参照してください.
さて,ご質問では「水素と酸素がある」とのことですが,水素は水素気体$\mathrm{H_{2}}$ではなく,水素イオン$\mathrm{4H^{+}}$として水溶液中に存在します.
したがって,この場合には水素気体$\mathrm{H_{2}}$が発生していないため,気体の体積を考えるときには酸素気体$\mathrm{O_{2}}$のみを考えることになります.
このように,半反応式ではイオンが発生しており,通常の化学反応式のように必ずしも物質が生じるわけではないことに注意してください.
参考にさせて頂きました。有難うございます。
コメントをありがとうございます.
ご参考になったのであれば,とても嬉しく思います.
これからも当ブログをよろしくお願い致します.