高校化学では,特に重要な工業的製法は5つあります.
そのうちの1つである「ハーバー・ボッシュ法」は水素$\mrm{H_2}$と窒素$\ce{N2}$を化合させるだけという非常にシンプルな工業的製法ですが,実は奥が深く,最先端の研究としても扱われることがあります.
また,[ハーバー・ボッシュ法]の反応の本質には「ルシャトリエの原理」が深く関わっており,[ハーバー・ボッシュ法]を理解するためには「ルシャトリエの原理」を理解することが重要です.
この記事では,「ルシャトリエの原理」から[ハーバー・ボッシュ法]について詳しく説明しています.
なお,せいぜいガスバーナー程度しか使わない「実験室的製法」に対して,「工業的製法」はビジネス用の製法で最も利益の上がるように物質を作るのが目標です.そのため,「無駄なく,安くを目指した製法」となっており,ガンガン圧力をかけたり,高温にすることができるのも特徴です.
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ハーバー・ボッシュ法の反応
「ハーバー・ボッシュ法」はアンモニア$\ce{NH3}$の製法で,主な原料は
- 水素$\mrm{H_2}$
- 窒素$\ce{N2}$
です.
反応は非常にシンプルで次の通りです.
このとき,触媒として四酸化三鉄$\ce{Fe3O4}$を用います.
単純に,水素$\mrm{H_2}$と窒素$\ce{N2}$を無理やりくっつけ,アンモニア$\ce{NH3}$を作ろうという発想ですね.
しかし,実際に窒素と水素を混ぜるだけではこの反応は起こらず,低温高圧の状況下で初めてこの反応が起こり,このことは以下で説明する「ルシャトリエの原理」が本質になっています.
なお,ここでの低温は200℃程度,高温は700℃程度を想定しています.
[ハーバー・ボッシュ法]の化学反応式は単純であるが,単純に水素$\mrm{H_2}$と窒素$\ce{N2}$を混ぜても起こるわけではなく,低温高圧化で反応させる必要がある.
ルシャトリエの原理とハーバー・ボッシュ法
[ルシャトリエの原理]は次のように説明されます.
[ルシャトリエの原理] 可逆反応が平衡状態にあるとき,外部から平衡を支配する条件(温度,圧力,濃度)を変えると,その影響を緩和する方向へ平衡が移動し,新しい平衡状態となる.
ことです.要するに,
- 温度が上がる(下がる)と,温度が下がる(上がる)ように反応が進む
- 圧力が上がる(下がる)と,圧力が下がる(上がる)ように反応が進む
- 濃度が上がる(下がる)と,温度が下がる(上がる)ように反応が進む
というように,起こった変化と逆の変化を起こして元に戻そうとする原理のことを[ルシャトリエの原理]といいます.
さて,「ハーバー・ボッシュ法」では圧力と温度を変化させることで,反応
が右に進むようにしたいわけです.
圧力について
左辺$\ce{3H2 + N2}$は窒素$\ce{N2}$が3個,水素$\mrm{H_2}$が1個の合わせて4個です.一方,右辺$\ce{2NH3}$はアンモニア$\ce{NH3}$が2個です.
いまは平衡を右に進めたいわけですが,
- 左辺の分子数は4個
- 右辺の分子数は2個
なので,[ルシャトリエの原理]を考えれば,圧力を加えると圧力を下げようとしてできるだけ分子の数を減らそうとして,平衡が右に進みますね.
このため,ハーバー・ボッシュ法では高圧化で反応を進めるとよいことになります.
窒素$\ce{N2}$と水素$\mrm{H_2}$の混合気体に圧力を加えると,圧力の増加を緩和する方向へ平衡が移動する.すなわち,圧力が減少する方向へ平衡が移動する.合わせて4個の窒素$\ce{N2}$と水素$\mrm{H_2}$がくっついて2個のアンモニア$\ce{NH3}$になることで圧力が下がるため,平衡が右に移動する.
温度について
次に,反応$\ce{3H2 + N2 -> 2NH3}$は発熱反応であることに注目しましょう.
つまり,この反応は右に進めば発熱するということですから,発熱する状況を作れば良いことになります.
[ルシャトリエの原理]を考えれば,温度を下げれば温度を上げようとこの平衡が右に進みます.
まとめると,次のようになります.
窒素$\ce{N2}$と水素$\mrm{H_2}$の混合気体の温度を下げると,温度の低下を緩和する方向へ平衡が移動する(すなわち,温度を上げようとする)ため,発熱反応であることから平衡が右に移動し,温度が上がる.
実は低温にしすぎては効率が悪い
少々発展的な内容ですが,実は低温にしすぎると効率が悪いことも説明しておきましょう.
単に平衡に達したときのアンモニア$\ce{NH3}$の量は多いのは低温の場合ですが,問題は平衡に達するまでに時間がかかる点です.
一方,高温にすると平衡に達したときのアンモニア$\ce{NH3}$の量は少ないのですが,平衡に達するまでが速いのです.
そこで,工業的にはその間の丁度いい温度をとって,収集率は若干劣るが反応がそこそこ速い約400℃で反応を起こし,何度もこの操作を繰り返すことで効率を上げています.
平衡に達するまでの時間と,収集率を考えてバランスの良い400℃程度で反応を起こすのが最も効率が良い.
なお,上でも書きましたが,低温でも200℃程度を想定しており,高温では700℃程度を考えていることに注意して下さい.
[ハーバー・ボッシュ法]は他の工業的製法とは違って,いろんな物質を反応させて目的の物質を作るわけではなく,ルシャトリエの原理を利用しているだけですから,少々特殊な製法と言えるかもしれませんね.
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