前回の記事では,ベクトルの基本の考え方と
- 実数をベクトルにかける
- ベクトルとベクトルの和,差をとる
というベクトルの計算の基本について説明しました.
この記事では,ベクトルの計算のうちでも重要な「ベクトルとベクトルをかける」ということに相当する内積について説明します.
ベクトルの内積をいきなり定義しても,なかなかなぜそのように定義すると良いのかピンとこないことがほとんどです.
そこで,この記事ではどうして内積というものを定義すると嬉しいのかというところから順を追って説明します.
一連の記事はこちら
【ベクトル1|「ベクトル」ってなに?ゼロから考え方を説明】
【ベクトル2|ベクトルの[内積]は何がどう便利なのか?】←今の記事
【ベクトル3|ベクトルの[内積]の基本性質のまとめ】
【ベクトル4|[位置ベクトル]と内分・外分に関するベクトル】
【ベクトル5|具体例から[ベクトル方程式]の考え方を理解する】
【ベクトル6|一次独立はベクトルの和の係数が等しい条件】
ベクトルの和の長さ
ベクトルの内積を考えるために,まずはベクトルの和の長さを考えます.
ベクトルの和の長さ
前回の記事では,ベクトル$\ve{a}$の長さを$|\ve{a}|$で表すことを説明しました.
それでは,ベクトルの和$\ve{a}+\ve{b}$の長さ$|\ve{a}+\ve{b}|$はどのように計算できるでしょうか?
例えば,$\ve{a}$と$\ve{b}$が同じ向きであれば$|\ve{a}+\ve{b}|=|\ve{a}|+|\ve{b}|$となりますね.
同様に,$\ve{a}$と$\ve{b}$が逆向きの場合には長さを引き算すれば良いですね.
しかし,$\ve{a}$と$\ve{b}$が平行でない場合には,$|\ve{a}+\ve{b}|$はそう易々とは計算はできなさそうです.
余弦定理の復習
2つの辺の長さとその間の角の大きさが絡む三角形においては,[余弦定理]が大切なのでした.
[余弦定理] $\ang{A}=\theta$の$\tri{ABC}$について,以下が成り立つ.
余弦定理について詳しくは以下の記事を参照してください.
$\ang{B}=90^\circ$の直角三角形ABCに対しては,[三平方の定理]から$\mrm{CA}^2=\mrm{AB}^2+\mrm{BC}^2$が成り立ちます.これに対して,$\ang{B}$が$90^\circ$でない場合に成り立つような等式を[余弦定理]というのでした.つまり,$\ang{B}=\theta$となったとき,右辺が$-2\mrm{AB}\times \mrm{BC}\times\cos{\theta}$だけズレるわけですね.
[余弦定理]の等式
をベクトルを用いて表すことを考えます.
上の三角形ABCは,$\ve{b}=\Ve{AB}$, $\ve{c}=\Ve{AC}$とおくと,
と表せますから,[余弦定理]の等式は
となりますね.
内積の定義
それでは,この記事の本題の内積の説明に移ります.
今の等式で右辺の項の順番を少し変えて
とすると,なんだか展開公式
の匂いがしてきませんか?
ここで,以下のように定義しましょう.
零ベクトルでない2つのベクトル$\ve{x}$, $\ve{y}$に対して,$\ve{x}$の始点と$\ve{y}$の始点を一致させたときの2つのベクトルのなす角$(\leqq180^\circ)$を$\ve{x}$と$\ve{y}$のなす角という.
$\ve{b}$, $\ve{c}$のなす角が$\theta$のとき,
を$\ve{b}$と$\ve{c}$の内積 (inner product)といい,$\ve{b}\cdot\ve{c}$と表す.ただし,$\ve{b}=\ve{0}$または$\ve{c}=\ve{0}$のときは$\ve{b}\cdot\ve{c}=0$とする.
この定義から,先ほどのベクトルの等式は
と表すことができますね.
このように,内積を使うとベクトルの長さの2乗は$(b-c)^2=b^2-2bc+c^2$と同様に展開することができるわけですね.
ベクトルの展開公式
この記事の初めには,$|\ve{a}+\ve{b}|$をどのように計算するのかを考えていたのでした.そこで,ベクトルの差の長さの展開公式
をベクトルの和$\ve{a}+\ve{b}$の長さ$|\ve{a}+\ve{b}|$のものに書き直してみましょう.
$-\ve{c}=\ve{a}$とおけば,
となります.和の場合も$(a+b)^2=a^2+2ab+b^2$と同様に展開できるわけですね.
ただし,本当は第2項で暗に用いている$-2\ve{b}\cdot(-\ve{a})=2\ve{a}\cdot\ve{b}$を証明しなければなりませんが,この内積の性質については次の記事で説明します.
ベクトルの内積を用いることで,$|\ve{b}+\ve{c}|^2$や$|\ve{b}-\ve{c}|^2$を$(b+c)^2$や$(b-c)^2$の展開と同様に計算することができる.
内積の具体例
内積を使うと,具体的には以下のような問題を解くことができます.
$|\ve{a}|=2$, $|\ve{b}|=3$のベクトル$\ve{a}$, $\ve{b}$のなす角が$60^\circ$のとき,$|\ve{a}-\ve{b}|$を求めよ.
内積$\ve{a}\cdot\ve{b}$は
となるので,ベクトルの長さの2乗の展開より,
となる.よって,$|\ve{a}-\ve{b}|=\sqrt{7}$である.
やっていることは[余弦定理]と同じです.
実際,全く同じ問題を平面図形の問題として出題するならば,以下のようになります.
三角形ABCにおいて,$\mrm{AC}=2$, $\mrm{BC}=3$, $\ang{C}=60^\circ$のとき,ABの長さを求めよ.
$\mrm{AC}\cdot\mrm{BC}\cos{60^\circ}$は
となるので,[余弦定理]より
となる.よって,$\mrm{AB}=\sqrt{7}$である.
ベクトルの展開公式
が[余弦定理]と丸ごと同じである様子が見てとれますね.
$|\ve{b}-\ve{c}|^2$の展開は[余弦定理]をベクトルを用いて表したものになっている.
三角形の面積
内積の応用としては,三角形の面積の公式が挙げられます.
三角形の面積の公式
以下がベクトルを用いた三角形の面積公式の基本形です.
三角形OABに対して,$\ve{a}=\Ve{OA}$, $\ve{b}=\Ve{AB}$とすると,三角形OABの面積は
である.
三角形OABの面積は
となる.
ぱっと見ではややこしく見える公式ですが,結局証明でやっていることは
- 三角形の面積の基本公式$\frac{1}{2}\mrm{OA}\cdot\mrm{OB}\sin{\ang{O}}$で$\sin{\ang{O}}$を$\cos{\ang{O}}$で表す
- 根号の中に$\mrm{OA}\cdot\mrm{OB}$を放り込む
ということだけですから,覚えなくてもすぐに自分で導けますね.
とくに,この公式を$xy$平面でこの公式を考えると,以下のようにとても簡単な式になります.
$xy$平面上の三角形OABに対して,$\Ve{OA}=\pmat{a_1\\a_2}$, $\Ve{OB}=\pmat{b_1\\b_2}$とすると,三角形OABの面積は
である.
$\ve{a}=\Ve{OA}$, $\ve{b}=\Ve{AB}$とすると,
- $\ve{a}=\pmat{a_1\\a_2}$
- $\ve{b}=\pmat{b_1\\b_2}$
- $\ve{a}\cdot\ve{b}=a_1b_1+a_2b_2$
なので,上の面積公式より,
となる.
具体例
次の問題を考えましょう.
次の三角形ABCの面積を求めよ.
- $\mrm{AB}=2$, $\mrm{AC}=3$, $\Ve{AB}\cdot\Ve{AC}=-2$
- $xy$平面上で$\mrm{A}(1,2)$, $\mrm{B}(3,-1)$, $\mrm{C}=(-3,0)$
(1) ベクトルの三角形の面積公式より,
である.
(2) $\Ve{AB}=\pmat{3-1\\-1-2}=\pmat{2\\-3}$, $\Ve{AC}=\pmat{-3-1\\0-2}=\pmat{-4\\-2}$だから,$xy$平面での三角形の面積公式より
である.
$\tri{OAB}=\dfrac{1}{2}\sqrt{\mrm{OA}^2\cdot\mrm{OB}^2-(\Ve{OA}\cdot\Ve{OB})^2}$により三角形の面積が計算できる.また,$\Ve{OA}=\pmat{a_1\\a_2}$, $\Ve{OB}=\pmat{b_1\\b_2}$と成分で表せるとき,この公式は$\tri{OAB}=\dfrac{1}{2}|a_1b_2-a_2b_1|$となる.
内積には様々な良い性質があります.
次の記事では,内積の基本性質をまとめます.