ベクトル$\ve{a}$, $\ve{b}$に対して,等式
が成り立つとき,$s=s’$, $t=t’$は成り立つでしょうか?
結論から言えば
- $\ve{a}$, $\ve{b}$がともに零ベクトルでない
- $\ve{a}$, $\ve{b}$が平行でない
という2つの条件を満たすとき$s=s’$, $t=t’$が成り立ち,このとき$\ve{a}$, $\ve{b}$が一次独立であるといいます.
逆に,これらが成り立たっていない場合には必ずしも$(s,t)=(s’,t’)$が成り立つとは言えません.
この記事では,このベクトルの等式$(*)$で$s=s’$, $t=t’$となるための条件について考えます.
「ベクトル」の一連の記事
一次独立
最初に2つのベクトルについて一次独立という言葉を定義しておきましょう.
ともに零ベクトルでない2つのベクトル$\ve{a}$, $\ve{b}$が平行でないとき,$\ve{a}$と$\ve{b}$は一次独立または線形独立 (linear independent)であるという.
最初の「零ベクトルでない」という条件は零ベクトルならベクトルが平行かどうかをそもそも定義できないので課しているだけの条件で,大切なのは「$\ve{a}$, $\ve{b}$が平行でない」という部分です.
そのため,ベクトル$\ve{a}$, $\ve{b}$が一次独立であるとは,$\ve{a}$, $\ve{b}$が同じ方向や逆方向を向いていないと言ってもよいですね.
なお,この「一次独立」という言葉は教科書には載っていませんが,れっきとした数学用語なので試験で用いてもなんら問題ありません.
2つのベクトルの和の等式
この記事の冒頭でも書いたように,ベクトル$\ve{a}$, $\ve{b}$に対して,等式
を考えます.
この等式$(*)$が成り立つとき,必ず$s=s’$, $t=t’$が成り立つかといえば,無条件には成り立ちません.
ベクトルの係数と一次独立
結論から書けば,以下が成り立ちます.
ベクトル$\ve{a}$, $\ve{b}$が一次独立であるとする.このとき,等式
が成り立てば$s=s’$かつ$t=t’$が成り立つ.
言い換えれば,$\ve{a}$, $\ve{b}$が一次独立なら,係数が一致するということですね.
このことを直感的に理解するために,下図で$\ve{c}$を$s\ve{a}+t\ve{b}$と表すことを考えます.
つまり,$\ve{a}$と$\ve{b}$をちょうど良い具合に伸ばした$s\ve{a}$と$t\ve{b}$を足し合わせて$\ve{c}$を作りたいわけですね.
このとき,$s\ve{a}$と$t\ve{b}$のどちらかか長かったり,短かったりしても$s\ve{a}+t\ve{b}$が$\ve{c}$になりそうにはありませんね.
ということは,$s\ve{a}+t\ve{b}=\ve{c}$となる$s$, $t$のとり方はただ1通りしかないということになります.
よって,$\ve{a}$, $\ve{b}$が一次独立で$s\ve{a}+t\ve{b}$と$s’\ve{a}+t’\ve{b}$が等しいとき,$s$, $t$の取り方がただ1通りしかないので$s=s’$かつ$t=t’$が成り立つわけですね.
一次独立でない場合
逆に,ベクトル$\ve{a}$, $\ve{b}$が一次独立でないなら,必ずしも係数が一致するとは限りません.
例えば,$\ve{a}$, $\ve{b}$は平行で長さの比が$1:2$だったとしましょう.
このとき
のように,いろんな$s$, $t$に対して$s\ve{a}+t\ve{b}$が等しくなってしまいます.
このように,平行な$\ve{a}$, $\ve{b}$に対して$s\ve{a}+t\ve{b}=s’\ve{a}+t’\ve{b}$が成り立っても,必ずしも係数が等しいとは限らないわけですね.
ベクトル$\ve{a}$, $\ve{b}$が一次独立なら,$s\ve{a}+t\ve{b}=s’\ve{a}+t’\ve{b}$の係数が等しい($s=s’$, $t=t’$).
具体例
この記事のテーマ「一次独立」について重要な基本問題を解きましょう.
なお,この問題は「2直線の交点」と呼ばれることがあります.
$\tri{ABC}$において,辺$\mrm{AB}$の中点を$\mrm{D}$,辺$\mrm{AC}$を$2:1$に内分する点を$\mrm{E}$とし,線分$\mrm{BE}$,$\mrm{CD}$の交点を$\mrm{F}$とする.
また,$\ve{b}=\Ve{AB}$, $\ve{c}=\Ve{AC}$とする.
このとき,$\Ve{AF}$を$\ve{b}$と$\ve{c}$を用いて表せ.
$\mathrm{CF}:\mathrm{FD}=(1-t):t$,$\mathrm{BF}:\mathrm{FE}=(1-s):s$とおく.
このとき,$\Ve{AD}=\dfrac{1}{2}\ve{b}$を用いると,$\Ve{AD}$と$\Ve{AC}$による内分の公式から
である.同様に,$\Ve{AE}=\dfrac{2}{3}\Ve{c}$を用いると,$\Ve{AB}$と$\Ve{AE}$による内分の公式から
である.いま得られた等式(1), (2)はどちらも$\Ve{AF}$を表しており等しいから
である.いま,$\Ve{AB}$,$\Ve{AC}$は一次独立だから,両辺で$\ve{b}$の係数と$\ve{c}$は一致するから
となる.よって,$\Ve{AF}=\dfrac{1-t}{2}\ve{b}+t\ve{c}$に$t=\dfrac{1}{2}$を代入して
を得る.
$\Ve{AF}$を$\ve{b}$と$\ve{c}$の和で2通りに表して,$\ve{b}$, $\ve{c}$が一次独立であることから係数が一致する,という方法で解いたわけですね.
また,この問題は別のより速い解法もあり,それらの解法については以下の記事で説明しています.
ベクトルの重要な基本問題「2直線の交点」の3パターンの解法を紹介しています.1つ目の解法はこの記事で扱った一次独立を用いた基本の解法で,残り2つの解法は「メネラウスの定理を用いた解法」,「面積比を用いた解法」です.
2つのベクトルの和で表せるベクトル
例えば,実数$s$, $t$が$s+t=1$を満たすとき,$\ve{c}=s\ve{a}+t\ve{b}$で表せるベクトル$\ve{c}$はどのようなベクトルでしょうか?
次の記事では,このような$s$, $t$に条件があるときのベクトルの和$s\ve{a}+t\ve{b}$で表せるベクトルについて説明します.
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