極形式は「原点からの距離」と「偏角」を用いて複素数を表す方法で,前回の記事では複素数の極形式の定義と極形式の例を考えました.
極形式の良いところは積や商の計算が簡単にできる点で,特に複素数の指数計算については[ド・モアブルの定理]と呼ばれる非常に便利な定理があります.
[ド・モアブルの定理]を用いれば,$(1-i)^5$のような指数計算も慣れれば数秒で求めることができます.
この記事では,極形式の計算に関する基本的な性質を説明し,ド・モアブルの定理を例を用いて説明します.
一連の記事はこちら
【複素数1|虚数単位って一体なに?複素数の考え方と基礎知識】
【複素数2|複素数を見る!?複素平面と絶対値の考え方】
【複素数3|複素数の「極形式」は絶対値と偏角がポイント!】
【複素数4|複素数の指数計算は[ド・モアブルの定理]が鉄板】←今の記事
【複素数5|方程式の[ド・モアブルの定理]の解法は3ステップ】
【複素数6|虚数解をもつ方程式の重要ポイント2つを確認!】
【複素数7|複素平面上の拡大縮小/回転は複素数をかけろ!】
目次
極形式の計算
まずは,極形式について簡単に復習し,
- 極形式の積
- 極形式の逆数
- 極形式の商
について説明します.
極形式の復習
複素数の極形式について,詳しくは前回の記事を参照してください.
【前回の記事:複素数3|複素数の「極形式」は絶対値と偏角がポイント!】
複素平面上の点$\mrm{P}(z)$を「原点から『どれくらいの距離を』『どの向きに』進んだところにある」という観点での複素数$z$の表し方を極形式といいます.すなわち,絶対値と偏角が分かれば,複素数を表すことができます.
定義は以下のとおりです.
複素数$z$について,絶対値を$r$,偏角を$\theta$とすると,
と表せる.この複素数の表し方を極形式(polar form)という.
これを図で表せば,下図のようになりますね.
極形式の積
極形式の積について,以下が成り立ちます.
[極形式の積] $r\geqq0$, $s\geqq0$とし,$\theta$, $\phi$を実数とする.このとき,極形式で表された2つの複素数
に対して,
が成り立つ.
たとえば,2つの複素数を
とすると,積$zw$は
となります.
このように,
- 絶対値$r$, $s$の複素数をかければ,絶対値$rs$の複素数になり
- 偏角$\theta$, $\phi$の複素数をかければ,偏角$\theta+\phi$の複素数になる
というわけですね.
極形式の逆数
極形式の逆数について,以下が成り立ちます.
[極形式の逆数] $s\geqq0$とし,$\phi$を実数とする.このとき,極形式で表された複素数
に対して,
が成り立つ.なお,全く同じことであるが,
という表記もよく用いる.
たとえば,複素数を
とすると,逆数$z^{-1}$は
となります.
すなわち,複素数を逆数にすると
- 絶対値が逆数
- 偏角が$(-1)$倍
になるというわけですね.
極形式の商
この[複素数の逆数]の公式と[極形式の積]の公式を併せると,以下の[極形式の商]の公式が成り立つことが分かります.
[極形式の商] $r\geqq0$, $s\geqq0$とし,$\theta$, $\phi$を実数とする.このとき,極形式で表された2つの複素数
に対して,
が成り立つ.
たとえば,2つの複素数を
とすると,商$\dfrac{z}{w}$は
となります.
つまり,
- 絶対値$r$の複素数を,絶対値$s$の複素数で割れば,絶対値$\dfrac{r}{s}$の複素数になり
- 偏角$\theta$の複素数を,偏角$\phi$の複素数で割れば,偏角$\theta-\phi$の複素数になる
というわけですね.
公式の証明
計算すれば簡単に証明できます.
極形式の積
[極形式の積]の公式は
と成り立つことが分かります.
最後の等号では三角関数の加法定理を使いました.
三角関数の公式の中でも加法定理は中心的な定理で,[2倍角/3倍角/半角の公式],[積和/和積の公式]などは加法定理から証明します.加法定理を証明したあと,これら加法定理に関係する三角関数の公式をまとめます.
極形式の逆数
[極形式の逆数]の公式は
となって成り立ちます.なお,$|w|^2=w\overline{w}$であって,$|w|^2\neq w^2$であったことに注意してください.
【前々回の記事:複素数2|複素数を見る!?複素平面と絶対値の考え方】
複素平面を考えることにより,複素数の絶対値を定義することができます.式としては,$z=a+bi$に対して,$|z|^2=a^2+b^2$であり,これは$|z|^2=z\overline{z}$とも表せます.
極形式の商
[極形式の積]の公式と[極形式の逆数]の公式を併せて,[極形式の商]の公式は
と成り立つことが分かります.
複素数の積は「絶対値で積をとり,偏角で和」をとる.また,複素数の商は「絶対値で商をとり,偏角で差」をとる.
ド・モアブルの定理
さて,今みた複素数の極形式を用いた積と商が分かっていれば,[ド・モアブルの定理]は当たり前です.
ド・モアブルの定理のイメージ
[極形式の積]の公式で,同じ2つの複素数$z=r(\cos{\theta}+i\sin{\theta})$と$z=r(\cos{\theta}+i\sin{\theta})$の積を考えれば,
が成り立つことが分かります.さらに,$z$と$z^2$の積を考えれば,
が成り立つことが分かります.
これを続けていけば,任意の自然数$n$に対して,
が成り立ちそうですね.たとえば,$z=\frac{6}{5}(\cos{\frac{\pi}{5}}+i\sin{\frac{\pi}{5}})$の場合には,
となります.
- 絶対値が$\times\frac{6}{5}$ずつ
- 偏角が$+\frac{\pi}{5}$ずつ
変化しているのがみてとれますね.
また,$z^{-1}=r^{-1}(\cos{(-\theta)}+i\sin{(-\theta)})$なので,これを$n$回積をとると,同様に
となりそうですね.
これらをまとめたものが,以下の[ド・モアブルの定理]です.
[ド・モアブルの定理] $r\geqq0$とし,$\theta$を実数とする.このとき,極形式で表された複素数
と任意の整数$n$に対して,
が成り立つ.
[極形式の積]の公式と[極形式の商]の公式は2つの複素数$z$, $w$に関する計算でした.
このとき,$z$と$w$は好きな複素数でしたから,同じ複素数としても良いわけで,同じ複素数を何回もかけると,
- 絶対値は$z\times z\times\dots\times z=z^n$
- 偏角は$\theta+\theta+\dots+\theta=n\theta$
となり,同様に$z^{-1}$を何回もかけると,
- 絶対値は$z^{-1}\times z^{-1}\times\dots\times z^{-1}=z^{-n}$
- 偏角は$-\theta-\theta-\dots-\theta=-n\theta$
となるわけですね.
このように,[ド・モアブルの定理]は$n$が負の場合であっても成り立つ点が優れています.
ド・モアブルの定理の証明
先ほどのイメージがほとんど証明のようなものですが,「ずっと続けていくと」というのを数学的に厳密に示そうとすると数学的帰納法が必要になります.
数学的帰納法は数学の証明法の中でもトップクラスに重要で,実際に大学受験でも超頻出です.この記事では,数学的帰納法のイメージを,例を用いて説明しています.
[1] $n=1$のとき
が成り立ちます.
[2] $n=k$のとき,$z^n=r^n(\cos{(n\theta)}+i\sin{(n\theta)})$が成り立つとすると,極形式の積の公式より
が成り立ちます.
よって,[1], [2]より,任意の自然数$n$に対して,$z^n=r^n(\cos{(n\theta)}+i\sin{(n\theta)})$が成り立ちます.
さて,次は$n$が0以下の場合を示しましょう.
[3] $n=0$のとき,
が成り立ちます.
[4] $n<0$のとき,$n=-m$とすると$m>0$なので,[1], [2]で示した自然数の場合に[ド・モアブルの定理]が成り立つことを用いると,
が成り立ちます.
以上で,任意の自然数$n$に対して,$z^n=r^n(\cos{(n\theta)}+i\sin{(n\theta)})$が成り立つことが分かりました.
[ド・モアブルの定理]は同じ複素数に[極形式の積]を何度も適用しただけの公式である.
ド・モアブルの定理の例
最後に,[ド・モアブルの定理]を用いて$(1-i)^5$を計算しておきましょう.
[ド・モアブルの定理]を適用するには,底の部分(今の場合には$1-i$)を極形式に変形するのが第一歩です.
なので,
となります.よって,[ド・モアブルの定理]より
となります.図で表すと,以下のようになります.
$z^n$に[ド・モアブルの定理]を適用するには,$z$を極形式に変形することが第一歩である.
【次の記事:複素数5|方程式の[ド・モアブルの定理]の解法は3ステップ】
$x^3=-1+\sqrt{3}i$のような$x^n=c$型の$x$の方程式は[ド・モアブルの定理]を用いることで解くことができます.この[ド・モアブルの定理]を用いた解法を具体例を用いて説明します.